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金太郎じいちゃんの思い出

 俺のじいちゃんの名前は、「金太郎
目が悪く、一人では出歩くことが出来なかった。
俺の自宅から100mほど離れたところにじいちゃんの家があって、
俺は小学校4年生の頃から、早めの夕食を自宅で食べた後、
じいちゃんの家に行き、テレビを見たり、勉強をしたりしていた。
俺の部屋は、いつの間にかじいちゃんの家のほうに移り、
実家では、食事をするだけで、後はじいちゃんと一緒にいた。

061111kintarou.jpg
(俺のじいちゃんは、「金太郎」)

じいちゃんは、早く寝るので夜は一人で、テレビを見たり、勉強したり
こっそり遊びに行ったりしていた。
親の監視はほとんどなく、結構自由な生活を小学校の頃からしていた。
夜遊びをしても、夜中に友達が遊びに来ても、誰にも気兼ねすることもなく、
よく不良にならなかったもんだと思う。

高校を卒業するまで、そんな生活が続きました。
今思えば、早い時期から、自分一人で時間を使うことを自然に学んでいたのかな
と思います。

小学校の頃は、月に1~3回は、日曜日にじいちゃんと出かけていました。
じいちゃんは、「歩行会」に参加していて、毎月仲間といろんな名所を尋ね歩いていましたが、
目が見えないので介添え人が必要で、俺が毎回ご指名を受けて、
一緒に参加してました。
じいちゃんの仲間ですから、皆年寄りばかりで、そんな中に一人だけ
小学生の俺がいたような状況でした。

日曜日は、友達と遊びたかったのですが、じいちゃんの予定を最優先
していたと言う記憶があります。

じいちゃんが好きだったんです。

目は見えないけどいろんなことを知ってて、短歌や尺八を練習してたり
朝も5時に起きて体操したり、尊敬できるじいちゃんでした。

大学に入学した後は、年に何回かしか会わなくなったけど、帰省した時は
必ずじいちゃんの所へ顔を出して、馬鹿話をしたものです。

死んじゃったときは、とても悲しかった。
今までの俺の人生の中で、一番悲しい出来事でした。
あれから、もう20年近くたったんだ。

なんとか、仕事もがんばっているんで、
安心して好きな酒でも飲んでくれ。

またじいちゃんの事書きます。

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テーマ:社長ブログ - ジャンル:ビジネス

  1. 2006/11/11(土) 20:32:48|
  2. 日々感謝
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